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《 ベトナム 》 ― 《 フォー 》 そして 《 ベトナムと日本 》

■ ベトナム人は「フォー」が大好きです。

人々はおよそ100年前から「フォー」を食べ続けてきました。「フォー」は米めんで、今ではベトナムの食文化において、なくてはならない食べ物としてすっかり根をおろしています。

ベトナム北部から南部にかけておよそ17種類の味のフォーがあると言われますが、実際にはさらに多く の種類があるようです。これからその美味しさが知られるほどさらに世界中に普及していくものと思われます。

フォーは人々にとても親しまれている食べ物で、ベトナムでは朝から食べ、どんなときにもすぐ「フォー」です。
実際に食べてみるとよくわかりますが「なるほど・・・」とうなずける理由があるのです。

 ベトナムでは、赤ちゃんのときからフォーを食べますが、赤ちゃん用には刺激のあるものを入れず、お湯だけのシンプルスープでさっばりと仕上げます。

また肉なしにすると、菜食主義の人々にも好まれる味です。

ベトナムでは、フォーは本来牛肉による味付けをします。牛肉での味付けは最適ですが、趣を変えていろいろな他の肉でアレンジしても美味しいです。鶏やカニ、えびなど、いろいろなシーフードでの味付けもまたいいものです。最高の味は、良質の牛肉を使うことで、かすかに感じる肉のにおいは味覚をそそり食欲を湧かせます。

■ 日本とベトナムとの関係は16世紀まで遡る古い歴史があります。

荒木宗太郎という肥後熊本の武士が豊臣秀吉から朱印状交付を受け、勇敢にも長崎から御朱印船に乗り東南アジアに行き、朱印船貿易を行い巨万の富を築いたと言われています。

1619年にベトナム中部・現在のフエ付近に渡ったときに安南国(ベトナム)王の信頼を得、外戚の娘・王加久(わかく)さんを妻としてめとり、長崎に連れ帰って仲の良い夫婦となりました。

長崎の人たちは王加久姫を「アニオーさん」と呼んで親しみ、アニオーさんは一女をもうけて宗太郎より長生きをして長崎でその生涯を終えました。現在でも祭りの時には出し物の主題とされています。

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フエ城.....中部ベトナムの中心都市、古都フエ(順化:トゥアンホア)には王朝文化の雰囲気が残っている。フエは1802年から1945年まで13代続いたグエン王朝の都が置かれていた古都である。郊外には歴代皇帝の建てた帝廟が点在している。1993年、国連機関UNESCOは、フエの王宮群を世界遺産として登録した。

ハロン湾.....ハロン湾・泳下龍は龍が降り立つ海。神秘的な伝説に彩られて奇岩が林立する海である。ベトナム北部、中国との国境に程近く、約1,500kuもの広大な湾内に浮かぶ大小2,000ほどの奇岩。壮大なスケールで広がる山水画のごとき世界は、さすがベトナム一の景勝地と言われるだけのことがある。

昔々、この地に龍の親子が降り立ち、口から宝玉を吐き出して敵を蹴散らした際、それらが岩となって海面に突き刺さったという伝説を信じたくなるほど神秘的で幻想的な景観に、わたし達は魅了されてしまう。

起伏に富んだこれらの島並みは、桂林からニンビンにかけての広大な石灰岩大地が氷河期に沈降し、長い歳月のうちに海水や風雨に浸食されてできたもの。自然の妙である。時刻や天候によって千変万化するハロン湾の表情は、一日中眺めていても見飽きることがないと言われる。

香 江.....街の中心部には香江(フォーンザン)が悠々と流れ、この大河は王宮の東南部に位置し、およそ15km下流で南シナ海にそそぐ。

香江には橋が架けられて旧市街と王宮とを結び、フエを新市街と旧市街に分けている。王宮のある旧市街は碁盤の目のように道が張り巡らされ、路地は細くて狭い。近代的なホテルや企業が入ったオフィスビルが林立している新市街が現在の生活の中心で、表情の違う二つの街が河を隔てて今この時代を生きている。



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